また会える、その時まで

浅野”ブッチャー”祥之氏。
残された家族の方に対して真に恐縮ながら、
本当のところ、貴方が自身の先行きを
一番分かっていたのではないでしょうか。
ここ一年のブッチャーさんの活躍ぶりを辿ると、
曽我町子さんのことを思い出してしまうのです。
(これは、あくまで私個人の考えです。どうかお許しを。)


私が初めてブッチャーさんのギターの音色に触れたのは、
1999年の青木智仁氏プレゼンツライブ@神戸チキンジョージでした。

私は、解凍後に角松フリークに足を踏み入れたので、
凍結前フリークの皆さんと比べると、素晴らしき音楽人達を
知るのは遅かったのですが。。。


初めてのチキンで、凄腕の音楽に出会った衝撃は
今も忘れられません。
それが私の生角松さんデビューだったのですが、
いいデビューだったと思ってます。
フュージョンやインストの素晴らしさを味わうことが出来た
デビューでしたから。


その後J&Bのことを知って、翌年だったか
JとBのライブ@チキンに行きました。
宝塚の出待ち後に(苦笑)
確かその時、宝塚でスティックブーケを作ってもらって
チキンの入口で係の人にブッチャーさんに託したことがあって・・。
スティックブーケなんて、ヅカファンしか分からんだろうなぁ。←余談


JとBを聴くまで、音楽の好みはキーボード寄りだったのですが、
ブッチャーさんや梶原順さんのギターを聴くことによって、
ギターの音色の素晴らしさに気付くことが出来ました。
もうね。。。チキンでたった一人で参戦して、
大いに笑い(ン?)、そして最後は感動して泣いてましたから。
端から見たら、さぞかし変な奴だったと思います。。


私の中のギターの印象をガラリと変えてくれた人。
それがブッチャーさんでした。


それからは、角松さんのライブやJ&B、JとBやKJBで・・・。
本当に、本当に貴方の音に触れることが出来た私は
幸せ者だったのですね。


今日、江原先生の携帯サイトの中の
<本日の学び>をクリックしたら
こんな言葉が出てきました。
(↓以下引用)


『人はこの世を去っても、たましいは生きている』


この言葉と解説には、もう絶句でした。。。
解説文は割愛しますが、解説文のように思えるまで
私はまだまだ未熟者です。
今は哀しくて、寂しくて。
でも、ブッチャーさんの心は、音楽魂は、
私やみんなの心の中で生きているのですよね。
それは、青木さんも同じく。


私もいつかは去る日が来る。
また会える、その時まで、
貴方の残してくれた音楽を
大切に大切にしたい。


今日明日、見送ることは出来ないけれど、
心の中で貴方の旅立ちを見送ります。
m<_ _>m


・・・『Realize』が私の心を貫いて行く・・・
2007/4/23 0:28am